文学館ブログ archive

このページには、2008年に運営しておりました「文学館ブログ」を記録として掲載しております。

 

2008/08/05投稿
『志賀直哉後期作品論―日常に帰り着く精神』

 今年の春、慶応大学文学部を卒業された国文学専攻の大坂 温子さんから『志賀直哉後期作品論―日常に帰り着く精神』というタイトルの卒業論文を寄贈していただきました。

  以下は大坂さんからのお便りです。

 「座右宝が見たいのです」と初めて白樺文学館を訪れたのは平成19年の夏。『座右宝』とは大正15年に刊行された、志賀直哉お気に入りの美術品を載せた写真集のようなものです。直哉自らがカメラマンとせっせと彼方此方歩き回って編纂した力作で、当時としては実に豪華で高価なものでした。
学者でもない、このような一学生の突飛な申し出に副館長の渡邊さん、矢野さんは少々面食らった様子、それでも「本当はめったに出さないんですよ」と笑いながらもその『座右宝』を見せて下さったのでした。
中でも特に注目したのは倪雲林の『山水図』。というのも、直哉は書道をたしなんでいた時期があり、「臥柳自生枝」という作品があります。この文言が『山水画』の中に見出されたのでした。
「おお、これかこれか」と矢野さんと夢中になってシャッターを切りました。この直哉の書は白樺文学館に展示されておりますので、ぜひご覧になってみてください。

 もうおわかりのように、ここ白樺文学館には閉鎖的な空気が一切なく、誰でも快く迎えてくれるような、温かい雰囲気で満ちています。たとえて言うならお盆に母方の実家に帰ったような、そんな感じです。「おおよく来たねえ」と迎えられる安堵感、そして非日常的なぴりりとした刺激が同居している、私にとってはそんな場所です。
スタッフの方にも教えていただくことが大変多く、まるで自分が文学サロンに交ぜてもらったような感さえするくらいでした。そんなこともあり、論文で煮詰まっている学生さんにはぜひ、おすすめしたいです。
意外なヒントが随所に散らばっているだけでなく、作家が触れていたモノに近づくと、何か頭が研ぎ澄まされるような気さえするのです。これは私だけかもしれませんので、効果のほどはご自身で。

 さて私もこの4月から社会人となり、楽しくも忙しい日々を送っております。
たまの休日を利用して、のんびりと手賀沼を臨みつつ、また白樺文学館に足を運ぶのが実に楽しみです。また論文を書いてみたいなあと画策しておりますが、それにはまだ時間と知識があまりに不充分、実現はいつのことやら。

 

2008/6/1投稿
志賀直哉の書斎・白樺文学館・緑雁明緑地

福田誠(前 志賀直哉書斎管理業務担当者)

 三題噺のようですが、副館長の渡邊さんに依頼されましたので、私が10年間してきた事を述べます。

 仕事をリタイヤーして間もなく、健康と人様のお役に立てばと考え、シルバー人材センターに入会し、仕事を待ちました。半年以上も連絡がなかったので、これはもうだめだと思って諦めていたころ、(平成10年1月末)「ちょっと大変な仕事ですが、来週からお願いしたいことがあるので来て欲しい」と連絡があり、事務所に向かいました。内容は、書斎管理業務と雁明緑地の清掃作業でした。「担当者が直ぐ止めてしまうので、『なるべく長く続けられる人を』ということで、なるべく長くやることが条件です。大丈夫ですね。」健康には自身があったので即答しました。「では来週からお願いします」というわけで 平成10年2月から仕事が始まりました。

 書斎管理の仕事は簡単でしたが、落ち葉はきがたいへんでした。何も知らない(志賀直哉と書斎について)ので恐い物知らずで、初めの1年はあっという間に過ぎました。2年目になって見学者からいろいろ質問されるようになり、これは勉強しなければと思い、以前読んだ『和解』を読み直し始めました。そのころから前の持ち主だった藤原さんや津田さんその他の人々がいろいろ話しに来てくれました。特に藤原さんの、書斎を引き屋に頼んで自宅へ運んだこと、池を掘ったり石を置いたこと、木を植え込んだこと(今は大木になっている)書斎に使われている銘木などなど貴重な話でした。また、中学1年生の男児が息咳き込んで来て、「この家(書斎のこと)ぼくのお祖父さんが(曾祖父のことか)造ったって本当?その証拠があるなら見せて」としつっこく粘ったことなど忘れられません。また緑雁明緑地が市有地になって、しばらくして、書斎を元の場所へ戻すことになったとき、階段のため引き屋が使えず、やむを得ず解体して組み立て直すとき、壁の南北が反対になってしまったことなども知りました。(昭和62年9月)

 この10年間で、木曜・日曜だけの集計ですが、1番多い年で1665人、少ない年で1105人の見学者が見えています。これからはもっと増えることでしょう。

 平成13年1月に白樺文学館が完成し、記念式が雁明緑地で行われました。その時の

 福嶋市長の「白樺派発祥の地として更に大きく発展させましょう」との祝辞も耳に残っています。その白樺文学館主催の『面白白樺倶楽部』で、10回以上も志賀直哉関連のことを勉強させてもらい、知識を得ることができました。ありがとうございました。また、ボランティアの学生さんが丹誠込めて書斎の実物模型を造った(館内に展示)ことも忘れられません。

  書斎のある場所は『緑雁明緑地』と呼ばれていますが、木の種類が多いこと(従って落葉の時期が異なる)大木が多いことなどで、90リットル入りのゴミ袋ぎゅう詰めにして、年間300袋以上出る事などで掃除がたいへんですが、庭をはさんで南北の斜面は、自然のままの植生なので、大学の先生が学生を連れて実地授業をしたり、湧水の研究をされている大学の先生が「ここの湧水はとても良質ですよ」と言っていました。(池の一番左側の石の所に落ちている水、5〜6年前までは池の正面からもそれと解る程の湧水が出ていました)沢ガニがいたり、蛇が数匹池を泳いでいたり、自然豊かな緑地ですが、『我孫子の文化を守る会』の会報などを見ますと、昭和末期から平成にかけて雑草が身の丈ほども伸びて大変な奉仕活動を続けて苦労の跡が伺われます。

 シルバー人材センターの方針変更により、やむを得ず退任しました。書斎や白樺文学館、雁明緑地のことは私の脳裏から消え去ることはないでしょう。

(平成20年4月20日     福 田  記)

 

2008/4/1 投稿
「白樺文学館が開館いたしました」

 昨年11月16日から休館しておりました白樺文学館が4月1日より開館いたしました。休館中は皆様にご不便をおかけいたしましたが、この度我孫子市と当館との共同運営について合意が整い、我孫子市より管理職スタッフも派遣されることとなり、新しい運営体制で皆様にご覧いただける事になりました。


本日4月4日、我孫子市庁舎にて星野 我孫子市長(写真左)と佐野 白樺文学館館長(写真右)との間で共同運営に関する協定書の調印が行われその後共同で記者発表が行われました。開館時間は従来と同じで月曜日を除く毎日10時より17時(入館は16時30分)までです。ぜひこれからも旧来に倍してご愛顧たまわりますようお願いいたします。

以下は我孫子市の発表文章です。


■□■白樺文学館が市との共同運営になりました■□■
白樺文学館は、平成12年に現館長佐野力氏が私財を投じて設けた白樺派の文学に関わる資料館です。開館してからこれまで、市内唯一の文学資料館として我孫子における白樺派の活動などについて市内外を問わず広く情報発信を続け、文化的な活動拠点として大きな役割を果たしてきました。昨年度、白樺文学館から土地・建物・所蔵品などについていずれ市へ寄贈したいとの申し出があり、市では、平成21年度に寄付を受けることをめどにこれをお受けすることにしました。

平成20年度は、施設運営の円滑な移行を図るために自樺文学館との共同運営を行うこととなり、4月1日より新たなスタートを切つたところです。ぜひ、この機会にみなさまもご来館ください。

現在、事業着手準備中の手賀沼文化拠点整備計画実行計画でも位置づけられていますが、今後、向かいにある緑雁明緑地(志賀直哉邸跡)と連携し一体的な再整備、活用を進めていきます。