25.面白白樺倶楽部開催報告

第10回 3月10日「手賀沼の風景と文人の住居」
講師 郷土史研究家 高木繁吉

写真:講師の高木繁吉さん
今回は、わが面白白樺倶楽部代表世話人の高木繁吉さんのお話です。高木さんの人となりについて、上智大学名誉教授鶴見和子氏は次のように述べておられます。(地域史探究[1998年]崙書房)

「高木さんは情熱を内に秘め、誠に物静かでおおらかな人である。南方熊楠流にいえば、曼荼羅の『萃点(すいてん)』になる素質を備えた人である」
萃点とは異質なもの――異なる職業の人々、異なる意見など――がそこに流れ込み、
そこで自由に格闘し合う場である。(中略)高木さんはその包容力と静謐さとそして何よりも「持続する志」によって、自治を担う主体を形成する萃点の役割を果たしてきた。さて本論に戻って、白樺文人はなぜ手賀沼のほとりにやってきたのだろうか。
「風景とは人々をとりまく環境のながめである。」という樋口忠彦先生の風景の定義から始まり、秋谷半七(元高校教師)先生による、ヨーロッパ三景の一つ英国ダーウェント湖畔に集まった文豪ラスキン、ワーズワース、トマス・グレイなどの例を挙げ、西欧美術文化にあこがれていた白樺文人も、手賀沼の水の風景にその西欧風な類似点を見出したのではという推論を紹介しています。古代から四神相応の地とは(風水学から見た住居に最適の地)
東 青龍 流水  東に流れる川があり守護神は青龍
南 朱雀 沢畔  南は水辺に面して守護神は朱雀
西 白虎 大道  西に大きな街道があり守護神は白虎
北 玄武 高山  北に高い山を背にし守護神は玄武
といういわれがあり、現在の我孫子が相馬御厨(そうまみくりや)という名称で古文書に四神相応の土地として図示されているという資料を提示されました。手賀沼べりの文人の住居を上記分類パターンに照合すると
・背林面水型(手賀沼を望む傾斜地にあり林を背にする)
 柳宗悦、武者小路実篤、瀧井孝作、杉村楚人冠
・背丘面水型(手賀沼に望み丘を背にする)
 志賀直哉、中勘助
・複合型 嘉納治五郎、村川堅固
いずれも恵まれた立地条件の土地であることが容易に説明されています。
またこのたび我孫子市に完成した生涯学習センタ―「アビスタ」は背丘面水型の、好立地とのことでした。なるほど開館早々の大繁盛もうなずけると納得との声もありました。
豊富な資料を使い、示唆に富んだ大変説得力のあるお話有難うございました。

写真:講演中のスナップ

面白白樺倶楽部代表世話人の高木さんには今後ともよろしくおねがいします。