32.第16回面白白樺倶楽部開催報告

2002年9月13日(金) 「白樺派とロダンと女優花子」―輝いて生きた女―
講師 作家・彫刻家 秋元藍先生

9月の面白白樺倶楽部は「白樺派とロダンと女優花子」という題で、作家・彫刻家として活躍なさっている秋元藍先生に講演をしていただきました。
写真:秋元先生
贈られた花束を手にした
秋元先生
秋元藍先生は、福岡県北九州市生まれ、「日本ペンクラブ」「日本文芸家協会」の会員で主な著書に「眠られぬ夜の旅」「聖徳太子と法隆寺」「碑文 花の生涯」などがあります。「花の生涯」というと、舟橋聖一氏の「花の生涯」を思い浮かべられる方も多いでしょう。秋元先生はその舟橋氏のもとで作家としての修行をつまれ、その頃の充実した日々の思い出を綴ったのが「碑文 花の生涯」です。 当日、会場は満員の入り。秋元先生も、当文学館所蔵の竹久夢二の絵に合わせ、夢二デザインの着物姿で到着され、会場は華やかなムードに包まれました。
今回の講演では、平成12年講談社より出版された「ハナコの首」という先生の著作をもとにお話がすすめられました。「ハナコ」は、日本人として唯一彫刻家ロダンのモデルをつとめた女性・・・ロダンは彼女の像を、実に58体も製作しており、これは彼の作品のテーマの中でも最多となっています。ロダンに出会った当時、ハナコは38歳、ヨーロッパを中心にハラキリ劇を上演して大好評を博していた旅芸人の一座の座長でした。彼女の生い立ちは苦難に満ちたものでしたが、こうしてヨーロッパで成功を収めたことで、社交界にも出入りするようになるなど、その人生は波瀾に満ちていました。
一方、ロダンの人生にも、さまざまな試練がありました。フランス文芸家協会との確執、女性問題などを抱えて、心身ともに疲れ果てていたロダンの心を癒したのは、日本の女優「ハナコ」であり、また、日本の文学雑誌『白樺』であったという面白い事実がここにあります。期せずして、どちらも我が国日本の人々がそこに登場するという偶然が、実に不思議な感じもします。しかし、当時のヨーロッパにはジャポニズムの流行があり、日本の浮世絵、マダム貞奴の踊りなどが西欧人の心をとらえていましたし、片や、日本でも荻原守衛や高村光太郎などの彫刻家、また白樺派の青年たちがロダンに魅せられ、雑誌『白樺』でロダン特集号を組むなど、ロダンの芸術に熱い視線を注ぐ動きがありました。ロダンと日本、どちらも互いに求め合った結果の出会いであったと言えましょう。
写真:講演中のスナップ
講演中の館内の様子

秋元先生の熱のこもったお話を、聴衆一同固唾をのんで聞き入りました。講演会の行われた部屋には、当文学館所蔵のロダンの彫刻<鼻のつぶれた男>が置かれ、お話の中でその製作にまつわるエピソードが紹介された時には、一同あらためてその像に見入る場面もありました。
写真:鼻のつぶれた男
ロダン『鼻のつぶれた男』

写真:佐野館長
『鼻のつぶれた男』入手時の
説明をする佐野館長
また、当文学館館長から、<鼻のつぶれた男>を購入した際の話も披露されました。「当時、柳宗悦がロダンから贈られた彫刻を横浜で受け取り、それを抱えて、気もそぞろになって帰ってきたということに因んで、私も抱えられる程度の大きさのもの、しかもこの文学館にふさわしいものを、と思っていたところ、偶然手に入れることができたのですよ。」とのこと。また、文学館スタッフの西村より、「日本におけるロダンの受容」と題して、『三田文学』に掲載された森鴎外の短編小説「花子」と、『白樺』ロダン特集号との関わりを、当時の文壇事情を背景に説明させていただきました。

講演終了後、「若いころに見たロダンの<ハナコ>像がちっとも美しく思えなくて、ずっと心にひっかかっていましたが、今日お話をうかがって、胸のつかえがおりた気持ちです。」と感想をのべられた方、また、「ハナコの首」の本を買い求めて先生にサインをしていただく方など、この日の面白白樺倶楽部は、和気藹々のムードのうちに終了しました。
写真:講演終了後のスナップ