54.第23回面白白樺倶楽部開催報告

「小林多喜二とその時代」
講師 一橋大学名誉教授 浜林正夫

一橋大学名誉教授 浜林正夫
浜林先生
浜林先生は小林多喜二の母校小樽商科大学、東京教育大学、一橋大学、八千代国際大学に勤め、98年退職。専門は西洋経済史。主な著書に「イギリス 市民革命史」「イギリス名誉革命史」「人権の思想史」などがあります。最近では衆議院文教委員会での参考意見発表、歴史教科書問題などへの鋭い提言などで注目されています。先月2月20日には地域住民活動の一環として、小林多喜二生誕100年没後70年記念行事などを所沢市で開催し大成功をおさめ、実行責任者としても活躍中です。
今回は小林多喜二の生きた短い生涯、その文学のみならず人間性等についてのお話と「小林多喜二がその命をかけて戦わざるを得なかった時代」はどんな時代であったのか等について、熱く語っていただきました。
今年2003年2月20日は、志賀直哉(1883.2.20〜1971.10.21)の生誕120年、小林多喜二(1903.10.13〜1933.2.20)の没後70年生誕100年という節目の年でありました。
お話を聞く参加者
70年前志賀直哉は、自分の誕生日に殺された小林多喜二の死を悼み、日記に書き残しています。(白樺文学館便り第43号),(白樺文学館便り第45号)
また、志賀直哉の亡くなった10月21日は多喜二の生まれた10月13日と,きわめて接近していることもこの二人の間に、何か因縁めいた不思議な思いがします。

小林多喜二と志賀直哉
小林多喜二が小樽高等商業学校(現小樽商科大学)に入学した1921年(大正10年)、志賀直哉は我孫子に居住し、短編集「夜の光」を刊行、白樺派の新進作家として既に文壇の一角に大きな地歩を占めていました。
多喜二はこの20歳年長の志賀直哉に傾倒し,自分の作品を送って批評を乞い、あまつさえ、世界文学の潮流は北方より興り、自分がその一角をになうという大層な心意気を記した手紙を送っていたとのことです。
1931年(昭和6年)志賀は、多喜二の「蟹工船」「オルグ」「1928.3.15」などの作品を読み、「……小説が主人持ちである点好みません。…… 主人持ちの芸術はどうしても希薄になると思ひます……。」という懇切丁寧な便箋5枚にわたる有名な手紙(白樺文学館所蔵展示中)を多喜二宛書き送っています。この年の秋、奈良の志賀直哉を訪ね、家族ぐるみの手厚いもてなしを受けます。さらに、この二年後の1933年、非業の死を遂げることになります。

小説を通して社会をえぐりだす
多喜二は「文学と政治とのかかわりをどう捉えるか?」「政治が芸術に持ち込まれて良いのだろうか?」「鉢巻、ストライキなどがストレートに文学・絵画に表現されることが芸術になり得るか?」など、最後まで悩んでいた様子が窺えるとのことです。
また白樺派の人道主義に対しても、「(白樺派の人たちは)頭では人道主義を理解してはいるようだが、作品には充分に生かされていない。」などと書き残しています。
「多喜二は小説を通して何を描き出そうとしていたのか?」先生は、この点に今現在も注目して、研究を続けていらっしゃるとのことです。
1929年(昭和4年)の「蟹工船」は、漁業会社に勤めていた友人(この友人は、小樽高商時代卒論テーマに「共産党宣言」を選んでいます。)から、北方漁業の過酷な労働事情を聞き、日本ロシアの国境問題、財閥と、軍隊と、労働者の関係を取り上げ、スケールの大きい作品に仕立ています。
その直後の作品として、北海道の地主と小作人の争議をテーマに「不在地主」を書き、体上半分が地主,下半分が資本家になってブルジョア化しつつある地主を、銀行調査部の資料を駆使し、鋭く描き出しています。
1930年(昭和5年)「蟹工船」に、天皇への献上品の中に「石ころでも詰めておけ」という1行があったことが「不敬罪」(ふけいざい…皇室に対する敬意を失する罪)にあたるとして起訴され、治安維持法違反で豊多摩刑務所に収監されます。
1931年豊多摩刑務所を出た後「オルグ」書いた場所が近年になり判明し、多喜二ファンが押しかけているという神奈川県厚木市七沢温泉福元館が紹介されました。なんと多喜二が執筆した机と、彼が着用した丹前(?)などが、当時さながら保存されているとのことです。

多喜二を巡る女性
ストロンドベリー、エミール=ゾラ、イプセン,など熱心に読んだ多喜二は、「女性解放運動」に共鳴した様子がうかがえるが、今ひとつ判然としないとのことです。
「闇があるから光がある。苦しさがありそれを乗り越える希望と喜びがある…」の手紙で知られている「田口タキ」、小樽高商卒業後勤務した北海道拓殖銀行の同僚であった「織田勝恵」。東京に出てきてからは、多喜二の言葉によると、「もててもててしかたがなかった」ということですが、彼をとりまく女性群「村山籌子」、「宮本百合子」、地下生活に入った頃結婚したという「伊藤ふじ子」など多喜二の周りの女性との関わりは未知の部分が多く残されています。今後さらなる調査解明が待たれるところですとの言葉で講演を締めくくられました。講演後、佐野館長よりこのたび購入した武者小路実篤の作品「手」(ブロンズ)の紹介がありました。多喜二が武者小路実篤の小説「友情」「おめでたき人」などを見直し、そのひたむきさを高く評価していたのを知ったことが、購入のきっかけとなったということです。

ブロンズ 『手』 を紹介する佐野力館長
ブロンズ 『手』 を紹介する佐野力館長

『手』 ブロンズ 武者小路実篤作
『手』 ブロンズ 武者小路実篤作

浜林先生と当日参加の小樽商大時代の教え子(S38年卒)
浜林先生と当日参加の小樽商大時代の教え子(S38年卒)