61.第26回面白白樺倶楽部開催報告

平成15年7月11日(金)「芹沢_介の世界」
講師 柏市立砂川美術工藝館 美術工芸員
                 日下元枝


講師の日下元枝さん(クリックで拡大
大正3年、我孫子に住む柳宗悦のもとを、一個の朝鮮陶磁の壺(民藝館所蔵)を携えた浅川伯教という青年が訪問します。青年の持参した壺の清楚な美しさに魅せられた柳は、"名もない民衆が、日々の用のために無心につくった器・道具類にこそ「美」が宿る"という、後の彼の『民芸運動』のもととなる想を、この時得るのです。
雑誌「工芸」第1号
雑誌「工芸」第1号(当館所蔵)
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柳が提唱した『民芸運動』の思想や理論の発表の舞台となったのが、雑誌「工芸」(当館所蔵)でした。

彼の主張を体現して、雑誌「工藝」は、一冊一冊が手作りされ、装幀・内容ともに、従来の美術雑誌とは一線を画した作りとなっています。
今日では贅沢ともいえる、意匠を凝らした表紙・・・その中でひときわ目を引くのが芹沢_介の装幀による型絵染(かたえぞめ)の布表紙のものです。
工藝101号
工藝101号(当館所蔵)
棟方志功特集
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芹沢_介は、柳宗悦の論文「工藝の道」に、うたれるような感動をおぼえ、柳を唯一の師と仰ぎ、信頼と尊敬を寄せていました。一方、柳も芹沢の才能を認め、染色家としての道を決意した芹沢に、雑誌「工藝」の装幀を担当させたのです。「工藝」は、当初500部限定で発行されましたが、布を本の装幀に用いるというのは初めての試みでした。またそれを任された芹沢にとっても、500枚の布を均一にムラ無く染め上げるという作業は、大変な技術と根気を要するものとなりました。

型絵染着物「桐と牡丹」(当館所蔵)
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しかし、この仕事を、無心に誠実に成し遂げたことが、芹沢の後の大作、型絵染の着物の仕事に結びついて開花するのです。

今宵の「面白白樺倶楽部」で、芹沢_介の作品について、情熱と愛情をこめて語ってくださったのは、【柏市立砂川美術工藝館】で美術工芸員として、その運営に携わっている日下元枝(くさか もとえ)さんです。【砂川美術工藝館】は、上述の芹沢_介の作品を入手・展示した私立の美術館として、砂川七郎氏(故人)により、1981年創設されました。その後、体調を崩した砂川氏は、コレクションを散逸させることなく、文化振興に役立てて欲しいと柏市に寄贈、1996年柏市立として再開され、今日に至っています。
講師の日下さんは、若き日に芹沢の型絵染に魅せられて以来、その作品についての研究を重ね、コレクションの所有者であった砂川氏ご夫妻からも、厚い信頼を寄せられました。そして、その交流が契機となって、コレクションの管理を担当することとなったのです。
日下さんの語る言葉の端々から、故・砂川氏への敬意、芹沢の作品への愛情、さらには柳への崇敬の思いをうかがうことができました。そのお話の中でも、特に我々の関心をひいたのが、次の二つです。
    〈1〉「絵本 どんきほうて」について
  • 1937年芹沢は、スペインの騎士ドン・キホーテの物語をもとに、合羽摺り(かっぱずり)の日本版「絵本 どんきほうて」を完成しました。これは、アメリカのハーバード大学で講義をしていた柳宗悦が、ボストンの事業家カール・ケラーから、日本に流布するドン・キホーテの文献の入手を頼まれたことたことに端を発しています。柳は、日本にいる寿岳文章(じゅがく ぶんしょう:柳宗悦と親交のあった英文学者・書誌、和紙研究家)に日本版ドン・キホーテの収集を依頼しますが、日本独自のものは無いことが判明・・・そのため新しく創ることとなり、芹沢が担当することになったのです。芹沢は一年の間、試行錯誤を重ね、苦心の末完成・・・限定75部を制作しました。そのうち25部はボストンに送られ、日本に残った中の1部は、現在【日本民藝館】で目にすることができます。その日本的に翻案されたドン・キホーテは、鎌倉時代の武士のいでたちで、風車ならぬ水車に向かって突進しようとしている姿が描かれています。その作品を見たカール・ケラーは、狂喜乱舞して喜んだそうです。あたかも武者絵のような図柄のその絵が、スペインの騎士の物語を下敷きにしていると思うと、サムライと西洋騎士の対比が実に面白く、笑いがこみ上げてきそうです。「絵本 どんきほうて」については下記静岡市立芹沢_介美術館の絵本挿絵、東北福祉大学芹沢_介美術工芸館のジャンル別作品・私本、装幀のサイトをご参照ください。
    静岡市立芹沢_介美術館
    http://www.city.shizuoka.shizuoka.jp/deps/kenko
    /shizubunka/serizawa/index.htm
    東北福祉大学芹沢_介美術工芸館
    http://www.tfu.ac.jp/kogeikan/index.html
    〈2〉「芹沢と棟方志功」について

  • ゴッホのひまわり
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    型絵染の芹沢_介と板画の棟方志功とは、よく比較対照されます。柳は、棟方の才能を見抜き、その修練を民藝運動の仲間、河井寛次郎に託します。こうして図らずも柳は、芹沢_介と棟方志功という偉大な二人の芸術家を育てることとなったのです。作家の佐藤春夫は、沈着冷静、知的な芹沢を「月光的」、天才肌、天衣無縫な棟方を「日光的」と称したそうです。棟方は、雑誌「白樺」(大正12年第10巻2月号(当館所蔵))に掲載されたゴッホの[ひまわり]に強い衝撃を受け、"わだば、日本のゴッホになる!"と宣言し、その作風をつくりあげていったことは良く知られています。顔をこすりつけるようにして版木を彫り、本能や情熱の赴くままに、型破りな作品を創っていく棟方に対し、芹沢は知的に作品を練り上げていくタイプ・・・性格・作風ともに〈靜〉と〈動〉の好対照をなしています。こうした創作過程の違いをふまえて、改めて両者の作品を比較しながら鑑賞すると、興趣が増すように思えます。

「釈迦十大弟子富楼那(ふるな)」
左芹沢_介、右棟方志功
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今年1月から5月にかけて【砂川美術工藝館】では、芹沢と棟方、それぞれが製作した「釈迦十大弟子」を一挙に並べて展示し、大きな話題を呼びました。日下さんは、こうした斬新な展示の企画を担当されましたが、そのお仕事からは、美しいものに傾ける情熱が感じ取れます。それは、柳宗悦から芹沢_介、そして砂川七郎氏、日下さんへと、一筋の流れとなって受け継がれてきたもののように思われました。
女性ながらも、凛としたダンディズムを感じさせる人・・・それが今宵の講師・日下元枝さんでありました。(西村さち子)