79.「励ましの手紙」展 特別企画
       「武者小路実篤先生と私」

第30回面白白樺倶楽部開催報告

平成15年11月23日(日)
講師 財団法人新しき村 理事長 石川清明

財団法人新しき村 理事長 石川清明氏の写真
フェラガモ製鴨絵柄のネクタイ
白樺文学館開館3周年記念、第1回企画展―白樺の人々をめぐる―「励ましの手紙展」の開催を期に「白樺」ゆかりの「新しき村」」の理事長(4代目)、石川清明先生をお迎えして第30回面白白樺倶楽部が開かれました。 先生は昭和4年(1929年)1月21日東京に生まれ、18歳の昭和21年12月、武者小路実篤の「新しき村、講演会」を聞き,これを機に「新しき村」に入村、以来「新しき村の精神」と共に生きてこられました。

雑誌「新しき村」最新号(表紙)
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雑誌「新しき村」最新号(裏表紙)
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新しき村の精神とは
一、 全世界の人間が天命を全うし各個人の内にすむ自我を完全に生長させる事を理想とする。
一、 その為に、自己を生かす為に他人の自我を害してはいけない。
一、 その為に自己を正しく生かすようにする。自分の快楽、幸福、自由の為に他人の天命と正しき要求を害してはいけない。
一、 全世界の人間が我等と同一の精神をもち、同一の生活方法をとる事で、全世界の人間が同じく義務を果せ、自由を楽しみ正しく生きられ、天命(個性も含む)を全うする道を歩くように心がける。
一、 かくのごとき生活をしようとするもの、かくの如き生活の可能を信じ全世界の人が実行する事を祈るもの、又は切に望むもの、それは新しき村の会員である、我等の兄弟姉妹である。
一、 されば我等は国と国との争い、階級と階級との争いをせずに、正しき生活にすべての人が入る事で、それ等の人が本当に協力する事で、我等の欲する世界が来ることを信じ、又その為に骨折るものである。

実篤書


講演を聴く参加者
心を込めて講演を聴く(クリックで拡大
石川先生は、18歳で武者先生(武者小路実篤の事を、こう呼ばれました)と出会って数々の教えをいただいたと、エピソードを交えながらお話をされました。(以下、その数々)

○大学の講義を聴いて、これは意味の無いものと感じて大学をやめたこと、以来若い人に「思い通りに生きたほうが良い」といっている。
○昭和22年「新しき村、上野第1回展」の準備で、岸田劉生の絵を三渓園に借りに行ったとき、岸田劉生が自分のことを「19歳の同志の石川君です」と周囲の人に紹介してくれた時、驚くと共に感激したこと。
○月の例会は第一日曜日に開かれたが、そこでは西洋の美術の鑑賞があって、マイヨール、セザンヌ等を知り、そこで美術を見る眼を教えていただいたが、少人数であったので武者先生の生のお話は「もったいないなあ」といつも思った。
○先生は「本を読みなさい」といつも言われた、「新しき村」では、仲間同士が競って本を読んだこと。

石川先生はそういう生活の中で「聖書と先生の書物とトルストイが有れば暮らせる」と思ったと述べられ、当時はレコードは年中聴いていて、中でも「冬の旅」「美しき水車小屋の娘」が好きであったことなど上げられ、「よき時代であった」と述懐された。
音楽が好きで、ご自身がヴァイオリンを10年間やったが結局あきらめたが、その経験が長女の、石川静さんの音楽教育につながり著書「ヴァイオリニスト誕生」を産み、静さんは現在ヨーロッパを中心に活躍されている。

武者先生の著書
  • 「友情」
  • 「愛と死」
  • 「その妹」
  • 「愛欲」
  • 「幸福者」
新しき村三部作
  • 「第三の隠者の運命」
  • 「真理先生」
  • 「人間万歳」
八つの著書を挙げられ、中でもご自分は「真理先生」が一番好きだとおっしゃいました。
18歳で武者先生に出会い、「新しき村」に入り、読書三昧の生活を送り、トルストイが好きな余り自分の猫に、「エミー」と名前をつけ、当時の赤盤と言われた、ビクターの名盤を毎晩聴いていた日々、 「自分も生き、人も生き、死ぬまで生きる」の教えにもとずいた村の生活は、辛いとは思わなかったという先生のお話は,その場に居る者たちにある懐かしさ、ある穏やかさを持った感動を与えるものでした。
武者先生の言葉の中から、いくつかを紹介されました。

  • 「君子は和而不同、小人は同而不和」
  • 「天世の花を咲かす」
  • 「天工人工、協力万歳」
  • 「日々あらた、日々決心、日々前進」
  • 「一歩でも一寸でも前進前進」
  • 「深くつきあう」
など、重く心に迫る言葉の数々であり、その言葉に導かれた、「自分も生き、人も生き」は、先ず自分を生かしそれから他人をいかすということで、この精神の共同体が、「新しき村」であった。 個人を大切にする精神は、「白樺」の根幹の精神であったのですから。 石川先生は古典落語をこよなく愛し、特に桂文楽がお好きで、、音楽を愛し、しかも今も軟式野球をなさっているとのこと。

埼玉県毛呂山町「新しき村」入口の写真。道を挟むようにして「この門に入るものは自己と他人の生命を尊重しなければならない」と書いてある。
埼玉県毛呂山町「新しき村」入口
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村内の幟旗(のぼりはた)の写真。そこには「日々新 日々決心 日々真剣 日々勉強 日々生長」とある。
村内の幟旗(のぼりはた)(クリックで拡大
「新しき村」には、94歳の人が二人居る、村の住人は長生きです」。 今年「白樺文学館」のボランテイアスタッフが数人で「新しき村」をお訪ねした折、お話して下った渡辺貫二さんは94歳、お元気でいろいろ説明してくださいました。「あの村は別天地なのだ」と感じさせる何かがありました。それは、武者先生の教えのかずかずなのでしょう。 あの「新しき村」の精神から、「人と争うことの愚かさ」を、今こそ私たちは気付かなくてはいけない時だと思うのです。 (Y.I)