113. 「ブームを起こした

『あらすじで読む日本の名著』をめぐって」
―出版と教育のひとつのあり方―
(第44回面白白樺倶楽部 開催報告)

期日 2005年1月28日
講師 村上智雅子氏(狭山ヶ丘高校教諭、近藤ちよ記念館館長・内観研究所所長)


講師の村上先生とあらすじ本
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講師の村上智雅子先生は、狭山ヶ丘高等学校の現役の先生として、また今回は「あらすじ本」の執筆者のお一人として、日頃の実践の場から現代教育への熱い思いをこめてのお話を語っていただき、当日参加の方々より、多くの共感の言葉が寄せられました。

「新年の面白倶楽部でお話をさせていただくことは大変恐縮ですが、今回の『あらすじで読む日本の名著』についてお話することは、何か特別なご縁があるような気がいたします。当館に作品が展示されている白樺の人々は、既成の権威に立ち向かって人間主義を掲げて新しい創造を目指しました。これからお話させていただくこの本も、ささやかながら既成の出版界に市井の一高校の校長先生と先生方が一丸となって創造の矢を放ち、予想外のブームを生みだしました。そのチャレンジ精神と未知なるものの創造という点で何か共通点があるように思います。」

と大反響をおこした快挙を大変慎ましやかに述べられ、お話を始められました。講演終了後は新しい年の初めということもあり、先生を囲んでのビアパーテーも和やかに開催されました。以下、当日の講演要旨を村上先生ご自身にまとめていただいたものを掲載させていただきます。

1.「あらすじで読む日本の名著・世界の名著」


熱心に耳を傾けて
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一昨年(平成15年)7月に出版された本書は、発売とともに爆発的な売れ行きを示しました。これは不況といわれた出版界の中で予想外のことであり、いわゆる『あらすじ本』流行の機縁となりました。  本来この本は、私が勤めております埼玉の私立狭山ヶ丘高校の小川義男校長のもと、国語の教師(山田君代、大坂豊子)が中心となって「受験で時間も無いマンガ世代の高校生に何とか文学に出合わせたい」という熱い思いから企画されたものです。しかし発売されるやいなや中高生よりも一般中高年の方に受け入れられ、「昔、触れた作品が懐かしかった」「教養としてあらすじを知っておきたい」という郷愁や意欲を大いに触発することになったのでした。そこで類似本が続々出版。例えば「子供に読ませたい世界の名著」(三浦朱門編、あ・うん)「要約世界文学全集」6(新潮文庫)などなど。

この本も当然続編が出され、日本の名著編3冊、世界の名著編3冊のシリーズが編まれ、この6冊分の発売部数は80万部に届こうとしています。
なぜ、このような驚きの反響を得たのでしょうか。それは普通の先生が、目の前の生徒に何とか「名作を読ませたい」「本の中に人間の生き方を探って欲しい」という教育的熱意から、渾身の力を込めて書かれたからでしょう。手作りの良さと素朴な親しみが、中高年の心の襞(ひだ)に届いたのです。

日頃から小川校長は、現在の教育の荒廃はひとえに国語教育の軽視にあると説いています。すべての科目の理解の根底に、国語力が必要であると。現に日本の高校生の読解力が、世界で14位に下落したことが大問題になっています。今、もう一度その原点に戻って、幼児から「読み書き」を徹底し、子供が本に親しむチャンスを与えるための、様々な試行と努力が必要であると思います。

2.何故この本が売れたのか。

そこで改めて、この本の内容について4項目にわたって分析したいと思います。

1. 目の前の生徒という素朴な思い
教育現場の校長先生と先生方の教育的熱意から生まれ、ブームを呼んだという点で、昭和初年の「綴り方教室」に相似たところがあります。「綴り方教室」は、「生活の中から綴ること」を提唱した大木顕一郎のもとに豊田正子という一少女が書いた直截な生活記録ですが、出版するやいなやブームを起こし、後の綴り方運動の先駆けとなりました。
2. 企画の良さ
教科書と同じサイズと厚さは、何か懐かしく目を引きます。「近代日本文学が2時間でわかる」というタイトルなども楽書館と中経出版の目のつけどころのよさ、売り方の上手さが光っています。
3. 一作品5ぺージ(原稿用紙10枚)という程よい長さ

英文を読む
田丸メリールイズ麗澤大学講師
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従来あらすじ本は、大方1〜2ページのものが多かったのですが、本書は5ページという長さの中に、あらすじという骨組みだけでなく、いわゆる肉の部分もかなりついています。例えば  
ア.E.M.Forsterの「Aspect of the Novel」に出ているように、小説にとって大切な要素StoryとPlotの二つのものを網羅しています。
イ.倉田百三「出家とその弟子」
5ページのあらすじでも、「運命がお前を育てているのだよ」という一行でも魂をゆさぶられ、心を打たれ、癒しと力を得ます。
4. 時代の波に乗った
最近マスコミ全体に、気軽に教養をつけようとする雑学ブームが起きています。その教養主義と青春回帰願望と言う時流にこの本がタイミング良く乗り、驚異的な発売部数を増やしたわけです。このことは「NHKのおはよう日本」やTBSの「王様のブランチ」などにも紹介され、いわゆる「あらすじブーム」を起こしました。その類似本は、「あらすじで読む日本の古典」「あらすじ名作歌舞伎50」「あらすじで読む名作オペラ」「あらすじで読む世界のビジネス名」などなど、ジャンルを越えて続々と出版され、その余波はいま尚続いています。こうしたあらすじ本を代表とする雑学ブームと純愛ものと韓流路線に、平成8年より減少続けていた日本の書籍総発売部数は、8年ぶりにプラスとなり売上は昨年より0.7パーセント上回ったそうです。低迷していた出版界にとって近年にない朗報でした。

3.教育という原点に戻る


スーツをおいての熱弁
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現在このあらすじ本が出版されてから一年半経過しました。狭山ヶ丘高校では、執筆者の多くの先生方は2年近くも授業のかたわら走りつづけたわけですから、そろそろ本来の国語教育の一環として始めた原点に戻ろうとする機運が出てきました。丁度そこにタイミング良く(?)、新聞紙上に「日本の高校生の読解力が世界第14位に下落」というセンセーショナルな記事が掲載されたのです。以下にその順位をここに上げてみます。

1. 12月8日、各紙に報道された経済協力開発機構(OECD)の学習到達度調査(PISA2003)で、日本の高校生の読解力は6位から14位に
2. 12月26日報道の国際教育制度評価学会(IEA)の、国際理科教育動向調査(TIMSS)で、中学2年数学5位→5位 理科4位→6位 小学4年の算数3位→3位 理科2位→3位

これらの調査結果を踏まえて、文部科学省は、ゆとり路線の転換を示唆しました。教育基本法改正案では、「真摯に学習する態度を重視する」という表現を盛り込み、学力低下に歯止めをかけることを目指すことになりました。具体的には5日制を6日制に戻すこと、総合学習制度の廃止など、カリキュラム全体を見直しするという方向に向かっています。確かに子供中心のゆとり教育は学力向上に直結しないことは判ってきましたが、これをすぐ詰め込み教育に戻すのではなく、良く実態を把握して、前向きに着実に取り組んでいくことが肝要であると思います。

以上、教育現場で生まれ、思いがけないブームを起こした「あらすじで読む日本の名著」「あらすじで読む世界の名著」を細かく見て行く中で、このような新しい本の作り方、売り方のあることを改めて認識し、何か日常生活の中で新たな希望と力が湧いてくる思いがします。日本の出版界も、私どもの日々の生活も創意工夫と専心専一の努力によってまだまだ開拓する余地も残され、それによってより豊かになれること、また未来を荷う子供達を大切にしながらチャレンジ精神と創生の力を信じて、前向きに生きて行きたいものと願っております。

(村上智雅子記)


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