116. 第46回面白白樺倶楽部報告

「やきものの話」(U)

講師 岩村 守氏 (陶芸家)
期日 2005年3月11日(金)18時30分より
場所 当館コミュニテールーム


岩村先生
岩村先生は、「前回に引き続きこのような機会をいただいたことに感謝いたします。」と第46回面白白樺倶楽部「やきものの話」を始められました。おりしも岩村先生の『我孫子窯』門前にあります枝垂れ梅は一ヶ月も遅れての満開の時を迎えていました。以下は当日講演の要約です。

物と人間との関わり

今回エミール ・ガレの「手」についてお話しようと思いましたのは、没後100年記念「エミール ・ガレ展」(江戸東京博物館・2005年1月22日-4月3日)でガレの全貌をみる機会を得、そのガレの作品群に衝撃を受けたのがきっかけとなりました。今までガレを見る機会は度々ありましたが、今回の展覧会で改めてガレの作品の数々に深く感動しました。

エミール・ガレは素晴らしい
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そしてその感動は、物を作る工芸家たちの思いに繋がるのではないかとも思ったわけです。この度の「エミール・ガレ展」は素晴らしい展覧会でした。この展覧会の少し前、去年のことですが私は思いがけず河村蜻山先生の二十歳の作品にふれる機会(03年8月―10月、京都国立近代美術館・03年11月―12月、佐倉市立美術館「神坂雪佳」展)に恵まれました、この二つの展覧会での感動と、この度の「エミール・ガレ展」での感動は、私の人生の中でも大変意味深いものとなりました。

現代の我々は、物を作るという生活を失いつつあると思います。言い換えますと物を手に入れる時代になったともいえるでしょう。自分で作るのでなく他人が作った物の中から自分にあったものを選んで求めてくる。ときに持ち帰ってみたものの、合わないなという経験をしますが、作る側は買ってもらうこと、選んでもらうこと、お客さんに気に入ってもらう方向の時代へと変化してきてしまいました。人間は物を作るということで、何十万年の長い時間を人間として育てられてきたのですが、この物を作るということの行為の欠落は、人間の心の中の大切なものを失うということにつながると、私は感じています。

物と人間との関わりは、何十万年も前にその兆しがありました。人間は大変な知恵と努力をかさね、石を欠いて石器を造り、自然界の素材を材料として自分の手で自分に使いやすいもの、体に合ったものを造りあげてきたのです。その結果、人間はひ弱な存在であったにもかかわらず、強い力を持つことが出来て、人間と動物との違いの一つとして言語も獲得して、集団化の中で人間は人間になっていったわけです。

この100年機械の発展により人間と物の関係は大きく変化してきていますが、もう一度物と人間との関わりを考えるときが来ているのではないかと、感じています。
文化の一領域としての「工芸」は本来道具作りのことでしかないのです。自然の材料に合わせた技法で、自然の材料に従って道具を作っていたのです。日本の茶の湯における茶碗は、本来茶を飲むための道具であったものが、社会の文化の進展が多様化を生み、最初の用の目的から離れていって、さらに美なる道具へと変化していったとも言えます。人間の美学が進展し、過度とも思える装飾が施されるにいたって、使えないがしかし、人の心を震わせるようなものが「工芸」の形の中で生まれてきています。柳宗悦先生が提唱されたころの「民芸」のありようは、もっと謙虚であったと思います。昭和初期に「工芸」が官展に加わるようになってから、日常の道具に対する思いが変わってきて、もはや使うことよりも、器も皿も単なる油絵のキャンバスなってきて生活そのものから離れつつあります。機械化、大量生産の流れは材料の自在の使用を可能にし、創作家に恩恵を与えることとなってきて、「工芸」は美術の範疇に足を突っ込んでいます。
昔の美学の謙虚なる継承はあるのかどうかは、判然としないところです。

「ガレの手」


ガレの手 (クリックで拡大
朝日新聞の文化芸能欄に掲載された、山盛英司氏による「ガラスの詩人が残したなぞ」と題するガレの「手」の紹介文は、「彫刻か器か」ではじまっています。私は土を使う陶芸家ですからガラスのことは素人ですが、この「ガレの手」を器と捉えることは困難とおもえます。
とてもガラスと感じられないこの作品から、しかもこれがガレの亡くなる年(1904年)に作られた事などに心揺さぶられる思いがありました。海藻が絡みついた手はその指先までも繊細で、緻密な表現がなされ、その指には貝殻が指輪のように付着している様は、ガラス工芸の高い技術云々という評価をはるかに超えた、まさに「ガレの芸術の世界」であります。これらは19世紀末のアール・ヌーボーの先駆者であったガレの工房の優秀さを物語っています。又この工房の在り様は日本の江戸時代の浮世絵の職人達の手技を連想させられます。江戸時代以降は分業で作品を作り上げる手法は衰退して、作家は独りで作り上げるようになり、その結果作品のスケールは小さくなっていく傾向がうまれました。ともかくもこのガレの「手」が今から100年前に作られたことは大変な意味を持つと思います。

「陶芸を知る」―土器・b器・陶器・磁器四つの違いについて


中国陶器 (クリックで拡大
陶器を知る上で、陶器を分類してまとめますと四つに分類されます、それは日本の焼き物の分類になり、同時に日本の焼き物の歴史そのものになります。
(先生は、四つの分類にそってその土、釉などについて当日持参された資料をしめしながら詳しく説明され、実際に手に触れさせていただけたことは、ありがたいことでした。)

「河村蜻山の小品について」

河村蜻山の作品を参加者全員、手にとって見せていただき貴重な体験となりました。「触って落としたらどうしよう」と怖がるその場の方々に岩村先生は、「本当に見たい、触りたいと思い、心底いいなと思えばその道具は手から離れませんよ」と、また「道具は使ってこそ、触ってこそ活き活きする」とおっしゃって直接手にとって見ることの大切さを力説されました。贅沢な一時でした。


蜻山の小品 (クリックで拡大

触ってこそ (クリックで拡大

(石曽根四方枝)